■母子(もうし)の由来

舒明天皇が有馬温泉に湯治に来られた時、下臣として仕えた「猫間中納言定頼」も動向し、旅のつれづれに羽束山に奉祀されている十一面観音様の、霊験あらたかなることを聞き、天皇にそのことを伝えたところ天皇は「定頼」にその仏の祭祀の精進と奉仕料として山麓の数ヵ村を与えられた。「定頼」は、領内を視察していたところ、北三里のところに回りを山で囲まれた原野を発見し、ここを「鷹の原」と名付けた。
これが、母子の一番最初の地名の起こりと言われている。「猫間中納言定頼」は天皇が来られてから五年目に不慮の死を「鷹の原」でとげる。この訃報を都で受けた妻子は取るものも取りあえず、この地に駆けつけ丁重に葬り、その近くに草庵を建て、侘しい生活をおくりながら、追善供養に明け暮れた。この、母と子にも自然の恵みはあたたかく、春の訪れとともにも萌える様に春の摘み草が生えた。
そんな摘み草の中に「奉公草」があり、いつしかこの母と子は朝廷に、亡き夫の宮使いの替わりに、心ばかりの「摘み草(奉公草)」を捧げ続けました。 里人は、この母と子のけなげさにうたれ、以来 この摘み草を「ははこ(母子)草」と呼び、この地を「母子(もうし)」と呼ぶようになりました。



■兵庫県で長い歴史を持つ「母子茶」の
産地として有名です。


     

■母子そば座敷 いまきた
(兵庫県三田市母子886  TEL.079-566-1201)

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